工房の中の人

ainisomatteは今のところ一人です。Mélanie(メラニー) と言います。

藍を始めたきっかけをよく聞かれます。私の中の答えは:ちょうどいい時に、ちょうど良い人と出逢い、ちょうど良い言葉を頂き、ちょうど良いものにひかれていたら、藍に少しずつ染まり始めたのだと思います。

藍に導かれるエピソードがたくさんある中の一つはというのは:友人の絵の展示会に行った時にそこにいる人に “いつも黒色の服を着ているけど藍色が似合うと思うよ” と言われました。その数ヶ月後、おにぎり屋さんに入ったら、スタッフの皆さんが素敵な服を着ていて、ちょうど、その服の展示会のハガキを頂きました。今度は仕事帰りにその展示会に足を運んで、歩きながらラジオを聞いていました。そのラジオでは日本での後継者のいない職人さんについて話されていました。展示会に着き、私が手に取ったのは藍染めのブラウスでした。そしたら、“藍染めが好きですか?”と聞かれ、滋賀県にいる後継者のいない職人さんの存在を教えて頂き、藍染のブラウスを買って家に帰りました。藍に対する興味の原点はもっともっとたくさんあると思いますが、私が藍を求める行動の源になったのはそのエピソードだと思います。

藍に対する好奇心に仄がつき、藍に導かれる日々が始まりました。清瀬に住んでいる私の絞りの先生、村井泰子さんと出逢いました。先生との出逢いがとてもとても大きなターニングポイントでした。言葉にするのがとても難しいです。私の今の藍との関わりの背景に確実に先生の視線や愛があります。絞り染めの技法を教えてもらうのですが、そこには人生そのものがあります。

絞り染めの時の布と針と触れる時間も、染めている時間も大好きでしたが、これは全て室内の活動です。自然の中で暮らす憧れや畑をする憧れも元々あり、藍を自分の手で育てられるのを知って、2016年に岐阜に住んでいるアーティスト、戸塚みきさんのもとで藍を作る勉強を始めました。種撒きから染めまでの工程を教えてもらいました。その工程はもちろん、みきさんが藍に対する姿勢に触れるだけで大きな学びでした。彼女は美術家として、種から作品作りをする。

みきさんのところで畑の勉強している時、私が良く、数字的な質問をしていたの覚えています。例えば、“何gあれば何g染められますか?”や“藍を何株植えたら、何g染められますか?”というような質問です。その質問に答える時、みきさんはある表情で答えてくれました。今思えば、私の欲が大きかったのだと思います。そして、藍を支配する気持ちで畑をやっていたと思います。みきさんは私に“量じゃないよ、あせってもダメよ”というような事を表情で教えてくれていたのだと思います。その時は身体を壊してでも藍の事がしたいという欲が大きかったです。藍に完全に取り憑かれてしまってました。

東京、竜ヶ崎、埼玉、畑を転々とし、2020年の春に岡山の美咲町にたどり着き、種蒔きをしました。あせりがどんどんなくなり、藍の声を聞きながら、無理をせずに、今までの導きとこれからの導きを感じながら藍の仕事をしています。